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【コラム】5Sの町:栃木県足利市の取組みから学ぶこと

中小・ベンチャー経済事情その他

  • 職位:
  • 特任フェロー
  • 研究領域:
  • 中小企業、国際(アジア)経営、人材育成

2019年11月15日
機械振興協会経済研究所 特任研究員 兼村 智也



1.5S活動の広がり


 栃木県足利市。日本で最古の総合大学“足利学校”の史跡でその名が知られるが、昨今、この地域が別の意味で注目を集めている。それは、地域ぐるみで5S活動に取り組み、大きな成果を上げていることである。筆者は今夏、「NPO法人・アジア中小企業協力機構」の視察団の一員として同市を訪問、同活動を推進する「足利5S学校」で校長を務める菊地義典・㈱菊地歯車社長、5S活動に積極的に取り組む小倉乃里子・オグラ金属㈱副社長からお話を聞く機会を得た。

 ここでの5S活動は1990年代後半、近隣の大手電機メーカーに勤務していた技術者が市内の中小企業を3年間指導にあたったことから始まる。指導を受けた経営者がその効果を実感、周辺の企業に広めていった。さらに2003年、この動きを本格化すべく足利商工会議所内に活動拠点が設置され、2009年には「足利5S学校」が設立されている。現在、会員企業は70社、中小製造業で始まったこの取組みが、行政機関・学校・商店・飲食店・社会福祉法人等、業種の境無く地域全体に波及している。さらに市内だけでなく外部にも広がり、国内のみならず海外においても足利5Sの精神に基づいた活動が展開されるまでになってきている。2012年には「第一回世界5Sサミット」が開催、地方都市から世界に向けて「足利5S」の取組みが発信された。直近では2018年に第四回大会が開催され、海外からも多くの参加がみられている。

 これだけの広がりをみせたのは普及活動や体制づくりもあろうが、活動の効果があってこその話である。その効果について「安全、品質、生産性向上はもちろん、活動していく中でコミュニケーションが活発となり、その活動の過程からは工場内や在庫の見える化、5Sで磨き上げられた工場のショールーム化など様々な分野に好影響をもたらす」などの声が上がっている。菊地社長からも「一番の効果は受注。当社の工場を見に来た顧客に、この工場に発注したいと思わせることができるようになった。結果、ほぼ100%受注につながっている」とその直接的な効果を高く評価する。

来訪した顧客を発注する気にさせる5Sが行き届いた工場 (著者撮影)<BR>
来訪した顧客を発注する気にさせる5Sが行き届いた工場 (著者撮影)



 ではなぜ、これだけ多くの企業が5S活動の成果をあげられることができたのか。それは5Sを「金科玉条」のごとくそのまま受け入れるのではなく、手を加えることで自分たちがやり易いようにカスタマイズしていることが大きい。これが「足利流」と呼ばれる所以でもあり、以下にその特徴をまとめてみる。

2.「足利流」の特徴


○優先順位を決める
 一番大事なのは5Sの定義を明確にすることという。言うまでもなく、5Sとは整理・整頓・清掃・清潔・躾を指すが、この定義をそのまま受け入れるのではなく、「何が重要か」「何から手をつけるか」を考え、その優先順位づけを行っている。ここでは、一番難しい「整理」(不要なものを捨てよう)から始めている。「整理」することで「清掃」(常にきれいにしよう)しやすくなり、「整頓」(すぐに取り出せるようにしよう)も容易になる。この三つのSを「3S」として優先し、これを維持するのが「清潔」、決められたことをきちんと守ることを心掛けるのが「躾」と位置づけている。

個人机の引き出し内まで3Sが徹底 (著者撮影)<BR>
個人机の引き出し内まで3Sが徹底 (著者撮影)



○数値目標や期限を決めない
 この種の活動は、○○までに××を達成するという目標が立てられ、多くの場合、それが数値化(具体化)される。その方が目標が明確になり、達成の有無と到達レベルもわかりやすくなるからである。しかし「足利流」は、こうしたやり方を採らない。「目標・期限ありき」ではなく、できる時に、できる分だけやる。これにより日常業務が犠牲になることもなく、「やらされている感」や「押し付け感」が払拭され、あくまでも従業員のペースで進めることが可能になる。また嫌なことはやらない、資料もつくらない。あくまでも現場の人たちの自主性を尊重している。カイゼンツールである「イレクター(いろいろなカタチを作ることが出来る組立素材)」も従業員が思いついた時に、いつでもつくれるようにそのパーツボックスが工場内に常備されている。

常備されるイレクターのパーツボックス (著者撮影)<BR>
常備されるイレクターのパーツボックス (著者撮影)

    

○効果のオープン化・共有化
 各社が取り組む5S活動の効果を一企業内で留めることはしない。それを周辺企業にオープンにしている。そうすることで、その効果を地域全体に広げていくことが可能になる。そのため、「足利5S学校」は会員企業相互の見学会を頻繁に開催している。これに参加した者は、そこで得た知見を自社に持ち帰り、朝礼などの場を通じて社内で報告する。このことで情報が共有化され、全社的取組みにつなげるという。

○社内インストラクターの存在
 最後に、5S活動を牽引するインストラクターを社内にもつことである。前記したように目標・期限を決めずに、日常のなかで適切なタイミングをみつけて活動するには外部のコンサルタントの活用では限界がある。彼らの来訪に合わせて目標・期限を設定せざるをえなくなるからである。逆に、社内にその指導者がいれば、それにとらわれる必要がなくなり、柔軟性も高まる。そして何よりも社内の人材であれば、自社の置かれる環境や限界・可能性を十分に理解している。そのため、自社の実状に合った取組みが可能になり、従業員を無理強いせずに、彼らの自主性を尊重できる。こうした人材を育てるために「足利5S学校」では2011年から「インストラクター養成講座」を開講している。ここでは月2回、半年間かけてインストラクターの心得と実践手法を学ぶことで5S人材の育成を図っている。その受講者数は2017年時点で100名近くにのぼっている。彼らが5Sの「伝道者」として自社に戻り、その取組みを牽引している。またインストラクター同士の相談会も開催され、各社での課題・解決策を共有する仕組みももっている。

3.「企業・従業員ありき」の取組みが重要


 以上にみるように「足利流」は「5Sありき」ではなく、各社が置かれる環境や実状を踏まえた、従業員の自主性を尊重する「企業ありき」「従業員ありき」の取組みになっている。大きな成果につながるのは、こうした考え方・やり方が要因としてあるのではないだろうか。一口に中小企業といっても受け入れる企業は様々であり、その環境や実状は大きく異なる。それを無視し、決まった「フォーマット」を押し付けても効果はあがらない。むしろ「緩やか」で「決めない」ことが彼らのやり易さとなって成果につながっていく。教える側・政策側主導ではなく、教わる側・中小企業側が主体的に取り組む・取り組めるようにすることが重要であり、こうした考え方・やり方は他の取組みや政策にも参考になるのではないだろうか。

閑話休題


 今回の台風・大雨の影響により足利市内を流れる秋山川が氾濫した。我々が訪問先したオグラ金属㈱もその氾濫にのみ込まれているのがテレビ画面から見て取れた。周辺は1メートル以上水没したものの、幸い同社は1.5メートル盛り土の上に建設されたこと、製品等は「直置き」ではなく、パレット上に置かれていたため、被害は最小限で済んだという。浸水の水出しも「ワンチーム」で処理にあたり、いち早く復旧にこぎつけたという。こうした対応力も日頃の5S活動の成果であろう。現地の復興を願うとともに、状況が落ち着いたら、その際のお話も伺いたく、再度ご訪問させていただきたく機会を願うばかりである。

【了】

2019年11月15日
No.11(2019年11月)

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