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【コラム】産学連携ノート(1)ある方程式の空振り

その他

  • 職位:
  • 特任研究主幹
  • 研究領域:
  • 研究組織論、セキュリティ・マネジメント、産業技術政策

2019年6月19日
機械振興協会経済研究所 特任研究主幹 中島 一郎



1. 晴れないもやもや

 なんだかんだで20年ほど産学連携に関わってきた。大学の中にいて、学内の先生たちや外の方々とおつきあいしていたのが20年。それ以前に大学の外から先生方と研究のさまざまなおつきあいをさせていただいたのを含めれば半世紀になるかも。おかげでいろいろな場面に立ち会い、おもしろがって首をつっこんできた。ただ、今もなお頭の整理がうまくいかないことだらけ。おまけに記憶はあやふやになっていくばかり。
 こうやれば産学連携研究活動がうまくいくというコツはずいぶんと多く語られている。それらはなるほどそうなのかと思う内容もあるものの、じゃあこの点についてはどう説明してくれるんだという例外もいくらでも出てきてしまう。簡単にすっきりとはいかないものだ。
言い訳の前置きが長過ぎる。すみません。ここから先、何かもっともらしいことが書いてあったとしても、そのまま鵜のみにはしないでください。どれもこれも仮説にもならない自問に過ぎません。自答はまだできあがりません。

中小機構が国立大学キャンパスに建てた初めてのインキュベータ棟(2007年竣工)
中小機構が国立大学キャンパスに建てた初めてのインキュベータ棟(2007年竣工)
国立大学内に法人登記を認めるという意味でも画期的(当初は山ほど議論が)
大学連携企業で今ではつねにほぼ満室。多数の他大学にも波及



 国立大学でしばらく暮らしたあと、私立大学に移った。いずれもRU11校なので、似たようなやり方で暮らせるだろうと思っていた。RU11というのは国立9校と私立2校がメンバーで、科研費の件数や総額での上位校でもあり、その他の研究面での指標でも上位にランクする、研究水準も規模も国内トップ水準のされる大学のクラブのような集まりである。それらの大学では研究マネジメント面でもいち早く先進的な取り組みが行われてきた。
 どちらの大学も世間の評価も高い大きな学校だから、きっと同じように暮らせるだろう。国立大学時代に抱えた疑問の答えについてもその中で時間をかけて考えていけばいいと思っていた。そうはいかなかった。大学というものは似たように見えていて、実はそれぞれに大きな違いがあったのだ。それも、大筋の見かけは類似なのにもかかわらず、心棒のところでまったくの違いがあり、そこで掛け違いが生じてしまうような、なかなかやっかいなタチのもの。ひとつの大学で一生を送る先生たちはもしかしたらそれに気づかないまま過ごしてしまうのかもしれない。だから、その大学に古くからいる先生たちの話を聞いても、得心のいく答えにどうにもたどりつかない。
 前の課題はそのままに残り、新しい疑問がいくつも生まれた。一難去らずにもう一難だ。 産学連携はどちらの大学でも重視されていた。学長以下の幹部も、研究室を抱えた個々の先生たちもそれは同じ。およそ四半世紀前に産学連携についての国の政策が大きく変わり、主な大学はどこも対応を急いだようで、そのための組織もできているし、人も配置されている。ただ、何か大切なところで大きな違いがあるように感じる。
 さまざまな仮説がありそうだが、結論は急がず、この差異について考えていきたい。

2. 研究棟の方程式

 私立大学に移るのと相前後して新しい研究棟の建設を手伝った。歴史のある大学はどこも手狭だから、研究スペースの確保は大学にとっても、個々の先生たちにとっても、とても大切なことだ。研究棟の新設は優先度の高い話だということになる。ただ、この事業はなかなかめんどうなものでもある。まず、先立つものは土地と建設費。
 見かけは広いキャンパスでも、どんな一角、ほんの小さな土地でも長い長い経緯と複雑な貸し借りからでき上った入会権らしいものがある。研究に適した立地の、まとまった土地を確保するのは並みのワザでできることではない。これは学内の有力者たちのゲームであって、ふらりと外部からやってきた末端教員にできる仕事ではない。何がどうなって立地点が決まったかは知らない。ここまでは前にいた大学の研究棟建設でも同じだ。古くからいる実力も人格も備わった先生たちが何とかして地面を確保した。
 土地がみつかれば、次に必要なのは資金を確保すること。そして入居する研究活動を選ぶこと。これらは行きずりの教員にもできるミッション。学内にしがらみがなく、学外にリンクが多少ある新参者に適した仕事とも言える、前の大学で採用した手法をさっそく応用してみた。それは資金と研究活動をリンクさせ、研究費から建設費を生み出す手法だ。
 大学には資金は乏しいものの、まったくないわけではない。たいがいどこかに見えない金庫がある。まずそれをできるだけ引き出す交渉を大学当局と進める。ひるがえって研究者の先生たちについてみれば、研究棟の建設資金をポンと出せる研究者はまずいないが、RU11クラスの大学なら、魅力的な研究を進める先生方は少なくない。そこに何らかの資金を集めることは実はそんなにむずかしいことではない。
 なお、自前の研究棟を建設できるスーパー研究者も少数だが存在する。前の大学にも今度の大学にもいらっしゃいました。いわば自社ビルを構えるすごい先生方である。ただ、そこは自社ビルということなので、自由に他の研究活動をさせていただくことはできない。ということで、その話については別の機会に考えてみたい。

研究活動の間接的な経費で建設費償還に成功した産学連携研究新棟(2010年竣工)
研究活動の間接的な経費で建設費償還に成功した産学連携研究新棟(2010年竣工)



 新棟が考える入居対象は、建設費は工面できそうにはないものの相当の研究費を確保できることが見込まれる先生たちだ。ここまでわかれば、問題解決のための資金の方程式は書ける。基本はこうだ。頭金とか保証金は大学が建て替え、魅力的で大きな研究をする先生が入居してどんどん研究を進め、年々入ってくる研究費の一定割合、昨今は間接的な経費として認められている部分をかき集めて建設債務の返済に充てる。順調に回ればいつかは完済できるはず。だった。
 前の大学でもいくつかの研究棟建設に関わった。建設費という一時支出と研究費というフローの資金をリンクさせ、それらの研究棟が建って行った。建設費の返済は長く続いたものの、後継の先生たちのご苦心で完済したと聞いた。バンザイ。ありがとうございます、お疲れさまでした。研究棟の方程式はワークしたのだった。
 が、次の大学ではそれが早々に変化した。どういうことなのだろうか。


3. 前提が違えば方程式も違う

 建設費を大学が建て替え、入居する先生たちの研究活動が獲得する間接的な経費で償還していくことが大学本部で決まり、土地はしかるべき方たちの努力で確保され、無事に立派な研究棟が竣工した。ここまでは方程式どおり。ここから後のマネジメントは学内事情に明るいプロパーのメンバーで進めることになった。このため、以後については詳細を見聞きしたわけではないが、償還をしかるべき期間で進めるためには相応の規模の研究費の獲得が必要になるが、おそらくその水準には至らなかったのではないだろうか。

単純な方程式とは異なる仕組みで成長していく研究棟(2011年竣工)
単純な方程式とは異なる仕組みで成長していく研究棟(2011年竣工)



 前の大学であれば、新棟に関与した者たちがお白州に呼び出され、この赤字をどうしてくれると追及されるような事態になりかねない。だいたいが、研究マネジメントは成功したからといって褒められることはまずない割に、失敗はことのほか厳しく追及される。ように思う。今回は建設段階でのスキームの提供と建設資金獲得の作業だけで、その後の新棟運営と建設費償還の作業には関与していないから、これで責任追及されてもなあと困惑していたが、ついにそのような目には遭わずにすんだ。建設後の運営に関与した人々も特にやり玉にあがっているようなことはない。やれやれである。
 落ち着いたところで考えてみる。方程式は成功しなかった。が、周囲のみなさんと話をしてみても、そのことを不思議に思う先生たちがそもそもいない。また、成功しなかったことを非難されることもなかった。つまり、方程式はそもそも相手にもされていなかったのではないかとさえ思えた。落ち込んでいた分、考えすぎだったかもしれないが。
 このもやもやが多少なりとも晴れてくるのは数年後のことになる。今のところの結論はこうだ。大学は外見が似ていても動作原理は大きく異なることがある。前提が違えば方程式も無効だ。前の大学で成功したと思った方程式は別の国立大学でも使えるかもしれないが、私立大学ではそのままでは解を得ることができなかった。単純明解と自賛していたものの、異なる前提で動く大学の事情を織り込むには、まだまだ工夫が必要のようだ。
 新しく建設された研究棟はいくつかの研究活動に活用され、そこに入った先生たちも、関係する外部の連携企業も充実した成果を生み出していると聞く。大学本部も自ら実施した評価では高いポイントをつけている。良かった。こちらもバンザイだ。

【了】

2019年06月19日
No.4(2019年6月)

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